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 英語が簡単だと言うひとは、英語のルールに従えています。生活のなかで日本語がむずかしいと思わないのは、日本語のルールから外れていないからです。

 つまり、英語ができるようになる、というのは、英語を使うときに「すべきこと」をひとつひとつ守れるようになる、という順応の話でしょう。

 プロフェッショナルと言われる英日翻訳者も、そこはおなじです。翻訳者は、英語のルールにプラスして、日本語のルールと、原著者の思いや言葉遣いと、読み手への配慮などさまざまなものがあるので大変です。

 ここでは思い切って、英語初心者だと自覚しているかたを翻訳者になれるレベルまでリードしてゆくことを目指して連載いたします(Alchemy Translator Project:ATP)。

 どうかお付き合いくださいませ。(質問など大募集!)

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なんとなくのルールとゆるやかな共有

 英語も日本語も、言語です。なにか漠然としたルールがあって、それを「だれか」と「だれか」がゆるやかに共有しながら、ひとつのことばをおなじように扱います。

 つまり、「こういうふうに言ったら、こういう意味ってことで」というルールが大きいものから小さいものまでたくさんあって、それをみんながなんとなく知っているという状態ではじめて成り立つのです。

大原則1:ルールがあるよ

 ルールのひとつ目は、ルールがあるという合意です。いわゆるネイティブレベルというのは、このルールに一通り合意したことを示します。

 この連載にたどり着いたあなたは、どんな目的で英語を学ぼうとしておりますか。英日翻訳者になりたいとか、学校で英語の文章を読まなければならないとか、TOEICで700くらいは取らないと会社で面目が保てないとか、いろいろあると思います。

 その目標のほとんどは、〈ルールをどれだけ身につけられるか〉という条件と密接にかかわっているのです。もし周りのだれかが、あなたよりも英語ができているとしたら、それはほとんどの場合、あなたよりもルールを身につけている、ぐらいのことでしかありません。

 英語のルールを300身につけたひとと、50,000身につけたひととでは、英語との親密度があきらかにちがうでしょう。もちろんそのなかにも「超細かい決まりごと」とか「大原則」とか、いろいろ重要度があります。

 ここでは「そんなことわかってるよ」と言われそうな初歩から重要なものをコツコツとやってゆきます。

大原則2:文字体系があるよ

 ラテン文字といいますが、名前はどうでもいいです。きっとご存じの通り、”a”から”z”まで26個のアルファベットが並んでいます。

 日本語だったら、かな・カナ・漢字のみっつ。ロシア方面だとキリル文字(д)、ロシア方面なのに宗教上の都合でキリル文字を使わないポーランド語などなど、いろいろとルールがちがいます。

 大きく書いたときの大文字、小さく書いたときの小文字などのバージョンもあります。日本語にも「小書き」といって、「ゃ」「ゅ」「ゎ」などが知られていますね。「じゅ」などのふたつでひとつになる小書きのことは拗音(ようおん)と言います。あまり知られていませんが、北海道のアイヌ語を表記するとき、カタカナの「ラ」や「ロ」などを小書きにします。

大原則3:発音があるよ

 ここでは詳しくやりませんが、発音があります。音の出しかたです。発音ひとつひとつに記号があって、その記号の組み合わせで発音が決まります。

大原則4:単語とスペリングがあるよ

 ネコのことを英語では”cat“と記します。シー、エー、ティー。これがスペリングです。これをまちがえて”cut”にしてしまうと、カット、切るという意味になります。

 こう綴ったらこういう意味ね、という便宜的なルールがたくさんあって、とても重要です。ひとつひとつ覚える義務があります。長い長い歴史のなかでは、ときどき、おなじスペリングなのに意味がまったくちがうものがあって、それを「競合」などと言ったりします。だいたいそのうちどちらかが勝って、どちらかが消えます(べつのスペリングになります)。

 ”cat“はネコ、”dog“はイヌ、”Honorificabilitudinitatibus“は名誉を勝ち取る状態のことです。こういった単語をどれだけ知っているべきか、というところが肝心でしょう。

 これを言うとぎょっとするかもしれませんが、学生がレポートを書くための英語辞書『Oxford Learner’s Dictionary of Academic English』には、22,000語が収録されております。つまり、レポートを書きたいやつは二万個のことばを覚えてね、ということです。

 学習用の『Merriam-Webster’s Essential Learner’s English Dictionary』には、54,000語が収録されています。一日100個やれば、540日、ほぼ二年で一覧できる量であると言えば、わかりやすいかもしれませんね。

 もちろん目的によって、大きく変わります。サイエンスライターになりたいひとは、もっと専門用語のほうに力をいれるでしょうし、ビジネスで使いたいならビジネス英語というジャンルがありますから。

大原則5:機能があるよ

 ここからが本番です。単語があるだけでは、なんの機能もありません。もちろん単語だけでもつなげてゆけば、”dog bark“(犬、ほえる)みたいなことは書けます。

 では、”dog bark five night“(犬、ほえる、5、夜)はどうでしょう。これだと「ああきっと夜に犬が五回吠えたんだな」ってことがわかりますね。つまり、単語だけでも機能していると思うかもしれませんが、これは「並べかた」という機能のひとつを使いました。

 もし”bark night dog five“だったらどうだろうとか、”five night bark dog“だったらどうだろうと考えてみてください。ほかにも”night five dog bark“なんてのもちがった意味に聞えてきそうです。

 並び順なんてどうでもいいかもしれませんが、ある程度の枠組みがあるとわかりやすくなります。わかりやすくするために、あたまのいいひとたちが機能ごとに区切ってみました。たとえば「私はお茶を飲みます」といったとき、

1 話のメインとなるもの=「私」
2 メインのうしろにつけるマーク=「は」
3 メインのものが働きかけるもの=「お茶」
4 働きかけるものにつけるマーク=「を」
5 メインのものがすること=「飲む」
6 丁寧な感じを出すマーク=「ます」

 このように、「話題のもの+マーク」→「対象のもの+マーク」→「すること+丁寧なマーク」という流れが日本語のオーソドックスな順番です。

 これを英語にするとどうなるでしょうか。

1 I(私は)
2 have(いただく)
3 tea(お茶を)

 このようになります。「I have tea」――とてもシンプルですね。英語では、「話題のもの」→「すること」→「されるもの」という順番が重要です。

 日本語のほうにはマークがいくつかあったせいで六個もありましたが、英語ではマークがなくなって三個です。これはそれぞれの個性です。マークがないとシンプルですが、順番に縛られます。たとえば「tea have I」にしてしまうと、お茶に食べられちゃうようなへんてこな語順となります。

 一方でマークがあれば、それがどんな機能なのかわかるので、意外とどんな順番でもよいわけです。「お茶を私は飲みます」「飲みますお茶を私は」など、やや不自然ですが、伝わることに変化はほとんどありません。マークのおかげで自由度が高くなります。

 このような「機能」が、どれも重要です。次の回では、機能について解説してゆきます。もし時間があれば、英単語帳のようなものや、こどもの用の薄めの辞書を買って、単語を覚えておいてください。