前回の「ノミナルスタイル(1)名詞句を訳すために原文の品詞を崩す」に続いて、もう一度、基礎を確認してゆこうと思います。
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名詞表現とは
改めて、「名詞構文 noun structure」というのは、名詞を中心に置いた表現のことです。英語だけではなく、ドイツ語やフランス語などでもよく用いられます。「名詞句 noun phrases」や「名詞的文体 nominal style」とか「名詞立て」など、いろいろな名称があるようです。
日本語でも「ということに気づいた」ではなく「という気づきがあった」などと、ちらほら名詞表現が好まれるようになりました。それでも英語と日本語では、雲泥の差といえるほど、使用頻度にちがいがあります。そのせいで、(最近の)英日翻訳者は困っているのです。
最近の、という保留を入れたのは、「辞書に載っていない訳語で訳す」文化が出来上がってから久しくないからです。”one of the most…“は、「もっとも~なうちのひとつ」と訳す以外に考えられなかった時代から、ようやく「とくに」と訳すような翻訳も受け入れられてきたというわけですね。いまの翻訳は、横を縦にするだけではなく、原著を書いた人間がそれを日本語で書いたとしたらどう書くか、という観点を重視するようになりました。
指示された対象の概念への要求を排除?
名詞構文(名詞的文体)の具体例を挙げましょう。
Assimilation to a demonstrative will not do away with the demand for a conception of the object indicated.
――G.E.M. Anscombe, 1919-2001, “The First Person.”
ケンブリッジ大学の教授であり哲学者でもあったアンスコムの「一人称」という論文からの引用です。太字にしたところが名詞句で、それが中心となって構成されているのがわかるかと存じます。
”assimilation”は同化、”a demonstrative”が指示代名詞ですから、これをそのまま訳すとなると「指示代名詞への同化は、指示された対象の概念への要求を排除しないだろう。」という訳文になります。
単刀直入に言って、ひどいです。この訳を読んで「やはり哲学書は難しい……」となるひとがいるとなれば惨劇です。大事なのは、アンスコムが日本語で書いたとしたら、という想像力でしょう。このあいだ『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』という書籍がありましたが、あれぐらいの想像力が求められます。
品詞を崩す!
コツは、原文の品詞に惑わされないことです。「指示代名詞」「同化」という名詞をうまくいなし、「指示代名詞として理解すること」ぐらいのことばに置き換えてしまいます。うしろの「要求」「概念」「対象」も品詞通りにせず訳せればよいです。訳例を出します。
デモへの同化は、指示されたオブジェクトの概念に対する要求をなくすことはない。――Google Translation
指示代名詞を指示代名詞のまま理解したからといって、元がなんであったかを思い浮かべなくてよくなるわけではない。――逢坂訳
これはいささかやり過ぎの部類に入るかもしれませんが、おそらくこれぐらいの日本語で書くだろうと想像できます。”assimilation to A“は「AをAとして理解する」、”demand for conception of B“は「Bを思い浮かべなくてはならない」、”object indicated“を「元がなんであったか」というふうに置き換えてみました。
わかりやすいことが絶対価値であるとは言いませんが、「指示された対象の概念への要求」という方向性で訳していたらサッパリです。なのでここでは名詞構文(名詞的文体)をどのように訳してゆくか、という部分に切り込んで格闘してゆきます。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。
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