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 クリエイティブ分野のフリーランスとして生きるようになって、クリエイターになにが求められているのか、よく考えるようになりました。

 もちろん、納期を守るとか、穏やかに単価交渉するとか、顔合わせには快く応じるとか、理不尽な要求は丁重にお断りするとか、提示された資料を読み込むとか、ネットの情報を過信しないとか、プロテインを飲むとか、青色確定申告をするとか、そういう大事なことはたくさんあります。関連情報もたくさんあります。

 ですが、〈成果物のクオリティ〉を保つものは一体なんなのか……そこを言語化しているひとは多くありません。なのでじぶんで考えてみました。

 タイトルで「フリーランス」と銘打ったのは、成果物のクオリティはフリーランスにとって死活問題だからです(なのにクライアント様は明確に言語化してくれない…!!)。どんなものを提出したかによって、そのライター、その翻訳者、その小説家の内部評価が決まります。単価交渉にも影響します。

 だからこそ、フリーランスにとって、なにを提出すればいいのか、というのは大前提の問いであり、大問題なのです。

 前置きが長くなりましたが、マーケティング的な発想をじぶんの成果物に取り込むことで、クオリティを最低限のラインで保てると考えつきました。それについて書き進めてまいります。

 

 さて、1969年、レビット氏が自著の冒頭で、マーケティングについて至言を紹介しました。(※よくレビット氏が言ったこととして誤引用されることがあるやつです)

Leo McGivena once said, “Last year one million quarter-inch drill bits were sold — not because people wanted quarter-inch drill bits but because they wanted quarter-inch holes.” People don’t buy products, they buy the expectation of benefits. People spend their money not for goods and services, but to get the value satisfactions they believe are bestowed by what they are buying. They buy quarter-inch holes, not quarter-inch drills. That is the marketing view of the business process.

 ぜんぶは翻訳しませんが、よく知られている名言「ドリルがほしいのではなく、穴がほしいのである」の元ネタです。マックギブナ氏が言ったそうです。

 つまり、商品を買うひとは、その商品自体がほしいのではなく、その商品による問題解決を望んでいるということでした。

 50年前のマーケティング発想ですが、古くなることもなく、いまだに語り継がれることです。そのマックギブナ氏の発想を発展させたクリステンセン氏の『ジョブ理論』が話題になりました。引用します。

And it turned out that about half of the milkshakes were sold before 8:30 in the morning. It was the only thing they bought, they were always alone, and they always got in the car and drove off with it. So to figure out what was the job, we came back the next morning and we positioned ourself outside the restaurant so that we can confront these people as they were emerging with their milkshake.

 ミルクセーキ(milkshake)の売上を伸ばしたいチェーン店。トッピングを追加したり、味のバリエーションを増やすもうまくいかず。そこで売上の半分以上を占める「8時30分」までの顧客を分析します。

 すると、その顧客層は、①ひとりで来店し、②ミルクセーキだけを買い、③車で去ってゆくことがわかりました。その顧客に質問をします:「なぜミルクセーキを雇ったのか?」

 そのなかで「ひとりの運転は退屈だから長持ちすること」「ある程度ボリューム感があること」「手が汚れないこと」などが判明します。つまり、バナナでもドーナツでもダメ。

 その解決すべき(to be done)問題を、クリステンセン氏は「ジョブ(job)」と呼びます。統計学的な共通点ではなく、顧客がどんなジョブを持っているのかでニーズを理論的に説明できるというのです。

 

 ドリルではなく「穴」、ミルクセーキではなく「長持ちして運転中に手を汚さないボリューミーなもの」という言い換えから、ものを売ることのセオリーが見えてくるという話でした。

 これは〈成果物〉の対価として報酬をいただいているフリーランスにも、おなじことが言えると思います。

 たとえば、よくある「1テーマ1,500~3,000字のSEO対策済み記事」という仕事の”job”というのは一体なんでしょうか。なにを”to be done”と見なせばよいのでしょうか。

 クライアントごとに、さらに言えばプロジェクトごとに、タスクごとに、”job”というのは異なります。フリーランスの外注スタッフが雇われているのではなく、その「記事=成果物」が雇われていると考えたとき、その記事はなにを仕事すればいいのでしょうか。

 端折れば「クライアントがなにを求めているのか」ですが、ジョブ理論的には「〈なにを求めているか〉とはどういうことか」と問い直さねばなりません。

 1,500字の記事を求めているクライアントでも、単に「上司に文句を言われない程度の出来」を求めているかもしれないし、あるいは「あわよくば一発バズってほしい」かもしれません。

 ほかにも「犬種に関する英語ウィキペディアを800字にまとめてくれ」という翻訳案件があったとして、それは「著作権的にOKな記事でPV数を稼ぐためにリライト用の原稿がほしい」のかもしれませんし、あるいは「(英語版ウィキペディアを超然信頼しているクライアントで)犬の図鑑ウィキを制作する用の正確な説明文がほしい」のかもしれません。

 おそらく無数の認識があって、その認識を分析できなければ〈運頼みの成果物〉しか作れません。図鑑ウィキを作りたいクライアントも、たとえば「あまりに犬が好きすぎて」かもしれませんし、やはり「PV数がほしくて」かもしれません。あるいは「じぶんは文章が書けないから」かもしれませんし、「本当はじぶんのほうが文章を書けるけど忙しいから外注」かもしれません。

 クライアントが意識していない部分に、仕事のクオリティがあるものです。

 つまり、①「あまりに犬が好きすぎて犬種の図鑑ウィキが作りたくて、本当はじぶんのほうが翻訳がうまくて文章を書くのもうまいけど、忙しいからフリーランスに外注している」クライアントと、②「犬は人気があってPV数を稼ぎやすいから図鑑ウィキを作りたくて、じぶんは翻訳もライティングもできないからやってくれるフリーランスに外注している」クライアントでは、〈成果物〉への認識が異なります。

 翻訳者(ライター)としては「犬種の英語ウィキペディアを800字に翻訳+リライトする」だけですし、提出する〈成果物〉も同様のものを意識するわけですが、それではクオリティが運頼みになります。たまたまハマれば「次回も!」となりますし、外せば「このライターは使えない」になるわけです。

 どんなにサービス精神で文章をハイレベルに作り上げても、「ミルクセーキのトッピングを増やしているだけ」です。無意味というか、無価値というか、認識外というか、余計な加工というか、ライターの自己満足なんです。

 

 クライアントの〈実際的な認識〉というのは、もしかしたらパターン化できるかもしれません。ただ、それは非常にむずかしい気がしています。明らかに急いでいて、とにかくいますぐ英語に訳してほしいんだろうな、ということがわかるときは結構あります。

 もちろん、急務・急募の感じをまったく出さずに、実はめちゃくちゃ急いでいたクライアントだっています。後から見直してみると、そのクライアントからのメールに誤字(『招致いたしました』)があったり、いつもの「お世話になっております」が省略されていたり、急いでいるヒントや痕跡のようなものはありました。

 もしそれに気づいて、(レベルはやや落ちるかもしれないけれど)納期を自主的に早めて提出できれば、「次回も!」となるでしょうし、単価交渉もしやすくなります。

 挙げだしたらキリがないのですが、「新しい風」がほしくて別分野のひとに依頼したのに、そのひとがしっかり勉強してしまい過剰適合して、まったく新しくない訳文を作ってきたとか。

 なにを期待しているか、どう認識しているか、表面的なものから、無意識的なものまで。そういったものを見抜く「目利き」のセンスがあれば、まちがいなく仕事は増えてゆくし、単価も上がってゆくと断言させてください。

 もちろんそんなマーケティングなんか考えず、数をたくさん打ち込んで、相性のよいクライアントとお付き合いするのもありだと思います。

 ただそれは運頼みで、その経験から「相性のよいクライアントがいるから、それとだけ付き合ってればいいよ」とアドバイスするのは、生存者バイアスです。そもそも相性のよいクライアントなるものと出会えるのが幸運ですし、相性がよいかどうかの判断も簡単ではありません。

 

 長くなりましたが、マーケティング的な発想で目利きをしてみることで、どういう仕事が求められているのか、うっすらですが、わかるようになります。

 ヒントはいたるところにあります。クライアント自身も「なにを求めているか」わかっていないときもあります。

 ジョブ理論を念頭に置いておくだけで、運頼みだった仕事を、すこしでも――1%でも――より確実にできるかもしれません。そういう提案をしたくて記事を書きました。


画像:NeONBRAND