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 重言(重複表現)をとりまく思想はさまざまです。ぜんぶオッケーのひともいれば、きわめて細かい重言にまで嫌悪をしめす重言ケーサツのひとまでさまざまおります。

 重言に対する立場について、考えてゆこうと思います。

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重言に対する態度の分類

 重複表現に対する態度は、おおまかに言って以下の六通りです。

①オールOK派
②オールNG派
③見た目の重複NG派
④意味の重複NG派
⑤どうでもいい派
⑥特定の重複表現にだけ厳しい派

 ⑥「特定の重複表現にだけ厳しい」が基本だとして、③「見た目の重複NG」と、④「意味の重複NG」も多いでしょう。校正者でもバラバラです。

「犯罪を犯す」は重複になるか?

 たとえば「犯罪を犯す」という重複表現は、「*犯罪する」がつかえない以上、ほかの動詞をもってくるわけですが……それがむずかしいのでこのような重複表現に甘んじているわけです。

 そこを突っついて「重複だ! 直せ!」とだけ校正し、書き手を困惑させるようではいけません。そこで「どのように直せばよいのですか」とたずねると「罪を犯す」だと言います。

 ほとんどのひとは「犯罪」と「罪」におおきなちがいがあると認めるでしょう。

 「犯罪」というのは行為に対して刑罰を科されることが想定されておりますが、「罪」はもっとひろく、宗教的・道徳的・規範的・倫理的なものです。

 もし言い換えが可能だと思っているのなら、「罪深い→犯罪深い」「犯罪に走る→罪に走る」になるのかと考えなければなりません。

 見た目が重複してしまう「犯罪を犯す」に甘んじるか、意味が変わってしまう「罪を犯す」に甘んじるか――これはもはや流儀の問題であって、「日本語の正しさ」の問題なんかではありませんね。

 もうひとつぐらい見てみましょうか。

「旅行に行く」は重複になるか?

 「旅行に行く」は見るからに重複しております。これをやると「直せ」と言われるので、どうすればいいのかたずねると「旅に行く」とか「旅行に出かける」とかにしろという話になります。

 「旅」と「旅行」じゃおおちがいなのは、ほとんどのひとが認めるとして、問題は後者の「旅行に出かける」です。

 これは見た目だけよくなって、意味は相変わらず重複したままです。

 旅行は出かけるものなんですから、意味の重複を考えれば「出かける」でさえも不要です。ただ先ほどの「犯罪」とちがって楽なのは、サ変をいれて「旅行する」としてもいいことになっているところですね。

解消するかしないか

 ただ、私自身、読者の読みやすさを配慮して「見た目の重複の解消」を最優先事項にすることもあります。

 その一方で西尾維新さんのように重言で遊んでやろう、という気持ちもあります。「馬から落ちて落馬する」みたいなことを平気で言っちゃうキャラクターをつくって、その子のセリフのときは無限に重複表現をつかうという文脈にすれば、だれもなにも言うまい――。

 逆に言えば、重言だって個性になりうるものです。調整を整えて、建築を建てて、献金を出して、錯覚を覚えて、作文を書いて、記録を記して、複製を作って、返事を返して、食事を食べて、定義を定めて、予感を感じて、遺言を残すようなキャラクターを作りたいものですね。

じぶんなりの理屈(頭痛が痛い・違和感を感じる)

 「特別な例外を除く」でなぜわるいのか、「だいたいこのぐらいを目安に」でなぜわるいのか、「訃報のしらせ」でなぜわるいのか、じぶんなりに考えて答えをみつけることも大事です。

 たとえば「頭痛が痛い」は、ほとんど許容されない重複表現ですが、「頭痛」とまず言って症状名による客観性を確保しつつ、「痛い」という主観的な苦しみを付け加えていると考えれば、立派な表現にも思えます。

 それを「頭が痛い」にしてしまったら、症状の名前が出ません。「頭痛がする」だったら、苦悩性が減ります。

 「違和感を感じる」だったら、「違和を感じる」にしろと言われますが、「一体感を感じる」は「一体を感じる」になるのでしょうか。

 違和を感じているのではなくて、違和感を感じているから、すなおに「違和感を感じる」と書くわけです。一体を感じているのではなくて、一体感を感じているから「一体感を感じる」と記すわけです。

 おかしいと決めつけるほど、決まりきった話ではありません。「正しい日本語」というのは、ずいぶんと余地のあるうちから決めつけられているようにも思えます。

 どんな編集者が編集するか、どんな校正者が校正するか、どんな読者が読むか、どんな物書きになりたいのか、yahoo知恵袋の意見、ベテラン作家の意見、担当校正者の意見、独立国語研究者の意見、日本語史学者の意見、漢語学者の意見、いろいろです。

 正しい日本語という概念に、もうすこしゆとりがあればいいなと、個人的には思います。

 

初出:《重言》を考える(カクヨム)
画像:Dean Hinnant