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 レトリックと校正は、あまり良好な関係ではありません。レトリックはあまり指摘できるものではないので、どうしても作家自身が自己校閲するしかありません。

 この記事では、そもそもレトリックというのがなんなのか、というところから簡単に説明してゆこうと思います。

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とある「物」をレトリックしてみる

 ひとまずこちらを読んでいただきたいです。

一酸化二水素(dihydrogen monoxide: DHMO)は、水酸ともよばれ、酸性雨の主成分となります。吸引すると死亡することもあり、材料や食料の腐食を進行させ、錆び付かせるものです。その一方で、工業用の溶媒や冷媒、原子力発電所にも使用され、各種ジャンクフードにも添加されております。

 DHMOという物質は、かなり危険です。用途がひろく、頻度もたかい。さてこの物質を規制すべきですか、というアンケートに対して九割以上のひとが「規制すべき」を選んだそうです。

 実は、DHMOというのは「水」のことです。

 先のは水の悪い印象を押し出したジョークなんですね。元ネタはクレイグ・ジャクソンさん(”Danger of Dihydrogen Monoxide”)でした。

レトリックというのは言いかたのこと

 レトリックに明確な定義はありませんが、ひろくいえば「言いかた」のことです。話題をそらしたり、強調したり、雰囲気をだしたり、説明できないことを説明したり、水の印象を悪くしたり――そういうなにか効果を狙った言いかたのことです。

 「犯罪者の98%はパンを食べたことがあります」と言えば、なんかパンの印象が悪くなるものです。「容疑者はポケモンGOに夢中でブレーキが遅れたとのこと」と言えば、なんかポケモンGOの印象が悪くなります。「恋愛は幻想にすぎない」と言えば、まるで恋愛に価値がないと思えてきます。

 レトリックは、いいことにも使えれば、わるいことにも使えます。私は、特許を守ったり奪ったりするところでレトリックを習ったので、どちらかというとわるいこと(相手を言いくるめる)に使うほうが得意です。

 でもレトリックはわるいことだけではなく、たとえば、「うちらって仲良くなくなくなくなくなくない?」というジョークをつくってひとを楽しませることもできます。英語だと”You are the bestestest.”(君は最高中の最高中の最高だよ)というレトリックもあります。

 小説だったら、「いつも一重否定するキャラ」というレトリカルなキャラを作って、なにかあるごとに「この料理が不味いわけがありません!」とか「あなたが悪いはずないです」とか回りくどく強調させることで、そのキャラだとすぐにわかってもらえます。

対義語の自由

 大きいの反対は、小さい。

 目覚めるの反対は、眠る。

 そんな感じで「正しい対義語」を習ったことがあると思います。ただ、対義語もレトリックですから、好きなように使えばよいのです。『レトリック感覚』(佐藤信夫さん)では以下のように説明されております。

というぐあいに、じつは対義語の概念はまことにあいまいで、判定基準の立てかたによっては多種多様な対立関係が考えられるから、けっきょく、おなじひとつの語が、向こう三軒両隣りにさまざまな対義語をもつこととなる。たとえば「人間」の対義語をかぞえはじめれば、たぶん際限がない。ご承知のように、「神」も「自然」も「動物」も「機械も」……それぞれ人間の反義語だ。

 ツイッターには「架空対義語」というプロジェクトを進めているかたがたがおり、それがとてもおもしろいです。

 「ドキンちゃん」の架空対義語はなにかと考えれば、「無感動マン」だというのです。「王様ゲーム」の対義語をイメージしてゆくと……「女王現実」だそうです。

 「桃の天然水」だったら、逆にすると「栗の計算済み熱湯」だそうです。あとは「響け! ユーフォニアム」が「うるさい! ソプラノサックス」になるなど、自由です。

 いままでただの固有名でしかなかった「ドキンちゃん」が、無感動マンを対義語にもってくることで、とても生き生きした名前に思えてきました。そのひとが、ドキンちゃんということばをどのようにとらえ、どのようにイメージしているかが明確に伝わってきます。

 作家にとってレトリックは、じぶんのイメージやことばと向き合うひとつの技法となり、言語運用・言語表現にわずかながら自由を生むものかもしれません。

レトリックと校正

 ただし、繰り返しますが、レトリックは使いようです。

 あまりにひどいと校正者でも口を出すひとがごく稀まれにおります、が、あまり校正してもらえるところではありません。技法をおぼえても、それがうまく使えるかどうかはまたべつです。失敗しても教えてくれるひとはすくないところが非常に問題です。

 失敗というのは、なにが失敗か判定するところからむずかしいのですが、レトリックなんか飾りだ、と言われるときの、まさにその「飾り」です。

 「この一文を効果的に言いたい」というときによくレトリックが出動します。それによってその一文が効果的に言えたとしても、それを導くまでに使われたことばは、どうなるのでしょうか。

 ひとたびレトリックのとりこになると、レトリックのイデオロギーにとりつかれます。狙ったところ以外が薄れてゆき、丁寧さを欠き、全体を損なうこともあるのです。しかも、書いている側は技法におぼれて気づかず。

 それなのに、レトリック部分は、校正者も編集者もあまり強く出られない部分です。作家がじぶんで「修正眼」を持つしかありません。あるいは書き終わったあと、しっかり俯瞰するか、ろくに使えないものを無理に使わないことでしか、失敗は防ぎようがないのです。

 特にじぶんでチェックすべきところは「比喩」ですが、どこをどうチェックすればいいのか説明するのはとても簡単なことではありません。比喩はレトリックのなかでも、かなりありふれていて、かなりむずかしいものです。そのうちどこかで解説したいと思います。

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【おすすめサイト】
「ふきだしのレトリック」
http://balloon-rhetoric.atwebpages.com/index.html

「文は短く」は俗説か?ー〈短文信仰〉を屠り、短文のレトリックと長文のロジックを取り戻すために
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-609.html

【おすすめ文献】
用語が統一されていないし、説明もバラバラなので、いろいろな本を読むのがいいかなと思います。できれば英語の本やウィキペディアも。

『レトリック感覚』(佐藤信夫さん)
『レトリックの知—意味のアルケオロジーを求めて—』(瀬戸賢一さん)
『レトリックと人生』(ジョージ・レイコフさん、マーク・ジョンソンさん)
『レトリック論を学ぶ人のために』(菅野盾樹さん・編)
『詩的レトリック入門』(北川透氏さん)
『反動のレトリック―逆転、無益、危険性』

『レトリックのすすめ』で紹介されている12の文彩
誇張する
喩える
対照する
ほのめかす
ぼかす
くり返す
追加する
省略する
移動する
呼びかける
驚かす
引用する
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初出: レトリック(対義語について&校正について)(カクヨム)
画像:Oscar Keys