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 感性、はっきり言ってややこしいことばです。使っているひとがいたら、ご用心です。とても厄介なので、紹介も端折って数段落で終わらせます。

 もともとは”sensibility”の訳語として明治時代に輸入された概念で、いまでは感性工学などといって解析・数値化までされるようになりました(Angry, Joy, Sadness, Relax, Worryなどを判断軸にします)

 一般には「感性が鋭い/豊か」のようなむずかしい比喩が用いられていますが、おそらくだれもよくわかっていないでしょう。私もわかっていません。

 「理性」と対をなすドイツ哲学の用語としても使われます。カントという哲学者が言うには、物事を受け取る最初の入口のようなものが感性なんだそうです。

 『新明解国語辞典 第五版』には、「外界の刺激に応じてなんらかの印象を感じ取る、その人の直観的な心の働き」とあります。語釈や定義づけが困難な様子は、どの辞書からも伺えます。

 こんな状況にもかかわらず、だれそれは偉そうに「クリエイターには感性が大事」とか、「感性が高いひとの作品は素晴らしいものになる」とか、混乱させるようなことを言うでしょう。

 肝心の「感性」については、説明してくださいません。説明不能、定義不能、伝授不能の三大疾病です。

 

 では、クリエイターにとって感性とはなんでしょうか。

 私なりにすこしでもわかりやすく断言させてもらえば、感性というのは踏ん切りです。臍を固めることです。独断かつ専断。誤解を恐れず言えば、究極の主観です。俺による俺のための超硬直的な取捨選択のことです。だれにもなんにも邪魔されていないときの理想的なクオリティの選択です。

 そういう意味において、感性というのはデカくて抽象的です。大きいものに対する認識です。

 つまり、クリエイターにとっての感性というのは、世界をどんな感じで大きく捉えているかということだと思います。どんな感じのことにフォーカスしていて、どんな感じのことをバッサリ切っているか(=踏ん切っているか)

※ご存知のように、「踏ん切る」というのは、強調の接頭辞「ふん」+決断を意味する「切る」の複合語です。なにかを実際に踏んづけているわけではありません。

 その〈世界観的な取捨選択〉や〈究極サイズの選り好み〉が、クリエイターの感性です。

 これは確かに必要でしょう。なければ困るというか、むしろ私からすれば、感性がないひとなんていないと思います。だれもが世界を決定的に踏ん切りしているはずですから。

 もし感性が乏しいとか、感性がにぶいとか、感性が低いとか、感性が感じられないということになったら、それは「独断できていない=取捨選択を邪魔されている」ということでしょう。がんばってどうにかしましょう(丸投げ)

 

 さて、感性をなんとなく説明できました。

 感性はみんなにあるものです。高いとか鋭いとかは、どれだけ邪魔されていないかという話にすぎません。

 もちろん邪魔してくるのは、他人の期待、親の価値観、じぶんの常識、豊かさ、経験、印象、さまざまです(距離の近い概念として「HSP – Highly Sensitive Person=感性がとても高い人」を聞いたことがあるひともいるかもしれませんが、それとはすこし異なります)

 感性が鋭かったり、感性が豊かだったりすればいいかと言えば、私は「半分しか足りていない」と答えたい。つまり、感性というのは「大」に対するものでしたが、おなじだけ「小」に対する認識も必要だと思うんですね。

 「大」の感性に対して、「小」のことは美意識と呼ばせてください。なぜなら「美」には「小さい」という字源がある(とされている)からです。「微」「未」なども同様ですね。

 「〈未〉かつ〈微〉である〈美〉」というなかばこじつけに近い発想で、「小」への認識を美意識と呼ばせてもらいます。

 美意識は、泡と泡のあいだを縫ってゆくようなイメージです。細かくて狭くてわずかなところを分ける取捨選択。

 おそらくみなさんが「感性が鋭い」と表現しているのは、美意識がキマっていることなのではないかと思います。つまり、小世界への意識の鋭さ。小さかろうが構わず究極の主観で取捨選択する意志や価値観、あるいは文化、あるいは身体性、そういうものを指して「鋭い」と言っている気がします。

 大世界への独断が「感性」、小世界への独断が「美意識」――いずれにせよ、大小の独断の取り扱いかたというのが、創作性・作家性なのではないかと思います。

 都合のいい例ですが、アップル社のスティーブ・ジョブズがiPhoneを生み出せたのは「極端に顧客の声を排除したから」と言われています。私のイメージする独断=作家性というのは、ジョブズのiPhoneです。iPhoneにどれほど大小の(世界への)独断があったか説明し始めると止まらないのでやめておきますが、たとえば「ユニボディ」などで検索していただきたい。

 うまく説明できたかわかりませんが、感性ということばを私の感性で説明すると「二つの独断」ということになります。

 最後に注意しておきたいのは、よく使われる「感性」を「感受性」と言い換えることでさらに混乱してしまうことです。感性は独断であって、受け取ることではないと思います。いえ、むしろ、受け取ったものに邪魔されないことなので、私のなかで「感性」と「感受性」は真逆です。

 意味や定義の容れ物を奪い合っても仕方ないのですが、混乱の生じていることばなので、整理のためにあえておなじことばを使いました。ひとりでも多くのクリエイターの混乱解消のお役に立てばいいなと思います。


画像:Seth Doyle