Pocket

 四カ月前に「好きなものを語れなかったのは『よく覚えていない』からである」という記事を書きました。すこし考えかたが変わったので、改めてみようと思います。

ただ、すくなくとも、ほんとうは好きじゃないとかあまりに好きすぎるといった「度合」ではなく、インプレッションをどれだけ整理できているかの「具合」の問題なのではないかと考えることで、かなり楽になりました。――拙稿「好きなものを語れなかったのは『よく覚えていない』からである」より

 前回「整理の具合」とあいまいにしていた部分について、「帰納と演繹」という思考回路があるのだと気づきました。

 これについていきなり解説してもいいのですが、かつての私みたいに、毎回毎回「演繹って、どっちでしたっけ?」となってしまうと、それだけで理解と記憶のクオリティが落ちてしまうので、一度、ここで解消しておこうと思います。

 その必要がない方は、六段落ほど飛ばしてくださいませ。途中にまとめも挟んであるので、そこだけでも大丈夫です。

※スマートフォンでご閲覧中の方は、まとめのテーブルが右側にはみ出しているかもしれません。うまく動かしてご覧ください。

 まず「演繹(えんえき)」というのは訳語で、もとは「deduction(ディダクション)」といいます。

 語源をたどると、差し引きすること、運び去ること、移植することでした。たくさんの訳語を作ってくださった西周(にしあまね)先生は、ディダクションのことを「糸口から糸をひくこと」と説明しています

 この西周的なイメージ=糸口から糸をひくこと、を獲得できれば、「ひとつのルールから個別のものに当てはめてみる」という演繹の方法が掴めるかなと思います。〈一から多〉です。

 逆に「帰納(きのう)」は、英語で「induction(インダクション)」です。もとは誘導という意味ですが、西周先生は「寄せ集めて真理を知る」というイメージを出しています。〈多から一〉ですね。

 余談ですが、彼がイメージとして挙げている具体的な話は、演繹=ネコは重要なところから端へ食べる、帰納=人間は端から重要なところへ食べる、というなんとも人間臭いものです。厳密にそうかどうかは微妙ですが、わかりやすいです。

 私は「エンディダイトグチ、キノインシンリ」とおぼえています。これで、帰納と演繹を解消できました。いちおうまとめておきます。

思考法

原語 コンセプト 西周の説明

西周のイメージ

演繹

deduction

一から多

糸口から糸をひく

ネコ(重要なところから端へ)

帰納 induction 多から一 寄せ集めて真理を知る

人間(端から重要なところへ)

 

 こんな感じです。OKでしょうか。それでは、ようやく本題です。

 好きなものを語れるひとは、ディダクション(一から多、重要なところから端へ)で整理していることに気づきました。

 たとえば、ディダクション型のジブリファンがいたとして、そのひとは、このように整理しています。

・「千と千尋の神隠しは名作である」→絵が綺麗で、湯屋が幻想的で、飯がうまそうで、キャラが立っていて、このシーンがこうで、そっちのシーンはそうで、あっちのシーンはああで、実は劇場版とTV版はこうちがっていて、イメージボードはこういう感じで、そもそも前作との違いがこうで、裏設定はこうで……。

 これに対して、私のような、記憶のストレージをケチったり、そもそも個別のことがらを覚えておくのが苦手なインダクション型のファンは、次のように整理しています。

・ジブリ絵で、家族愛と夢オチ的な物語構造があって、最後は泣ける→「千と千尋の神隠しは名作である」

 どちらも同じ結論であるにしても、喋っているときは、これがリニアに出てくるので、明らかにディダクション型のほうが「喋れている感じ」がします。まとめます。

思考法 結論 整理

リニアなアウトプット

演繹 名作である 個別(絵、シーン、飯、セリフなど)

絵がこうで、このシーンがこうで、このセリフがこうで、このキャラがこうで、前作よりもこうで…!

帰納 名作である 全体(物語のタイプ、テーマ、言語化しにくいイメージなど) 全体的に名作だった。宮さんっぽかった。

 

 もし、好きなものを「ディダクション型のファンのように」語りたいのであれば、まずは〈多から一〉をやめて、全体的にどうだった/構造的にどうだったというストレージ節約をやめて、個別へのフォーカスをそのままリニアに語るようにしなければならないと感じました。

 逆に言うと、「千と千尋の神隠しは名作である」という結論を、どれだけ作品のディティールに対応させて記憶を整理できるか、ということです。

 これができるようになると、きっと好きなものを熱狂的に語れるようになるのではないかいと思います。

 また気づいたことがあったら、アップデートしますね。


画像:Igor Ovsyannykov