Pocket

 小説や文章は書いたら終わり――それでもよいのですが、せっかくよそさまに見てもらうのならキレイな原稿に仕上げたいという気持ちもあると存じます。

 ここでは「原稿をキレイにしたい」物書きさんに役立つ《校正者の眼》をお譲りいたします。

 使いみちは千差万別。小説の新人賞に提出する原稿、会議で使う資料、ネット記事のライティング、リライト業務、アフィリエイトのようなアドバトリアルな文章などにもつかえるはずです。

 ネットで知り得た情報だけで「正しい日本語」に一家言を持っている物書きでも、その日本語が正しいかどうかは決められないものです。

 ですので、校正者の合言葉というのは「\\念のためですが!//」………なのです。

[toc heading_levels=”2,3″]

まちがえたらやばいもののための校正

 校正というのは、ひとつの価値観です。それこそ「一家言」以上でも以下でもありません。校正なんていらないと思うひとにとって、校正はやはりいらないものであることはまちがいありません。

 それでもなぜ校正という価値観や文化が廃れないのかと言えば、まちがえてはいけないものがあるからです。

 新聞のおくやみ欄(訃報欄)、犯罪記事、不正記事、事故記事、キャプション(写真)、人事欄、このあたりでミスが起こるとゴタゴタします。わかりにくいひとは、テレビ欄とか新商品欄でまちがいがあったと想像してください。

 読者は混乱してしまいますね。特に新聞は賠償とか訴訟というクレームが入るほど読者が厳しいですから。

 小説などの文芸においても、主人公のなまえが数カ所まちがっていたら困ります。時系列が狂っているものも困ります(「さっき日曜日って言ったのに、ここでは土曜日とか言ってるぞ……!?」みたいな感じで読むのがたいへんです)。前半は「私」だったのに、後半で「わたし」になってたら、なにかあるんじゃないかと気になってしまいます。

 専門書でしたら、専門用語が適切につかわれていなければまずいです。それだけで品位が落ちます。書き手の知性までうたがわれます。だれも書き手の理論をきいてくれなくなります。数字や固有名がまちがっているのもよくありません(ちなみに専門的な内容の校正は単価が高いです)。

 翻訳では、とにかく誤訳がまずいですから「チェッカー」という存在がおります。テレビのテロップも、映画の字幕も、メディアの文字というのはだいたいだれかしらに校正されているものです。

作者の想定外を確認する

 世に出したらだいたい取りかえしがつきません。想定外のところからクレームが入るものです。

 ヤマハ楽器さんの鍵盤ハーモニカのことだと知らずに「ピアニカ」を悪いように書いたり、グッドリッチ社さんのファスナーだと思いもせず「ジッパー」をぶちこわす描写をしてしまったり、クラレさんの面ファスナーとわからず「マジックテープ」をばかにしてしまったり。

 ほかにも、クロネコヤマトの「宅急便」、みうらじゅんさんの「ゆるキャラ」、ジョンソンエンドジョンソンの「バンドエイド」、コニシの「ボンド」、はごろもフーズの「シーチキン」などいろいろあります(おもしろいことに、ライトノベルにおいて「ネズミーランド」は共通理解のようです)。

 特殊な意味合いを持ってしまうことばとして、「バーテン」(バーテンダーの侮辱語:バーテンダー+フーテン)、「運ちゃん」(トラックやタクシーなどの運転手の俗称、やや見下した意味合いになることも)などがあり、こういった例は数限りないです。

 『羊たちの沈黙』(1991)で、ハンニバル・レクターが「having an old friend for dinner」と言うのですが、これも「一緒にディナーに行くふるい友がいる」という意味にもなれば、「ディナーに旧友を食べる」という意味にもなります。

 校正者はこういう想定外――「こういう風に受けとられちゃうかも!」――を想定して、著者に確認をとります。

 「俺はお前を抱いてやりたかった」は、抱擁のほうなのか、性的なほうなのかわかりにくいです。

 「いまあるルールを壊して」とあったら、乱暴な表現に思われるかもしれません、というメモを添えるわけです。

 もちろん著者のイメージがどうしても「ルールをあらためて」とか「ルールを変えて」ではなく、「壊す」なのであればそのままいくしかないです――校正者のあいだでは、それを略して「ママ/ママイキ」と呼びます。

読者ファーストの目線

 書くというのは、たいがいだれかに向けて書くわけですので、なんにしても読んでもらっているという感覚がすくなからず生じます。プロであればそれで食べているわけですから、(ほとんどのひとが)読者様ありがとう状態です。

 そうなってくると、読みにくいもの、可読性の低いもの、リーダビリティに欠けるものは基本的に「悪」です。すべてがそういうわけではないのですが、読んでいて読者にストレスがかかるようではいけません。

 いまは特にタイプミスが多く、読んでいて無意味にストップさせられるのでストレスになります。

 「昨日の復讐しなくちゃ」「アボガドバーガー」「チェーン店のサイゼリア」「もうこの学校を失業しちゃうんだよね」「確かみてみろ!」「万引きがあった場合は発砲いたします」「酒ばっか飲んでてても」「秋田県を飼う」などいろいろです。――ちなみにアボカドは「アボケイドavoca_de」、サイゼリヤは「野菜ゼリー」で覚えるとまちがえずに済みます。

 「インド人を右に!」(ハンドル≠インド人)などの迷言が生まれることもあるので、誤字や誤植がすべて悪いとは言えませんが、基本的な姿勢として、できるだけなくして読みやすくしていきたいところですね。


※初出:カクヨム『物書きのための校正眼〈1〉なぜ校正するのか?』
※画像:Igor Ovsyannykov